本音。命を引き受けるとは、自分との葛藤を抱えること。
今回は、家族の看取りと、その後迎えたワンコの話です。
数年前、母を在宅介護し始めた時、
塾の生徒さんが少なくなったので机を必要な方に譲りました。
今思えば、介護の疲れは体だけでなく、
精神的な面でも負担が大きかったのでしょう。
今また、塾を広げたいと思ったら机が2台しかないのに気が付きました。

でも、必要ならば、新しい机は買えます。
その時は、捨てることで何かを吹っ切ろうとしていたのでしょう。
もう一度、頑張ろう、という気持ちが湧いてこないほどに、
「死」は看取った人を疲弊させます。
亡くなった母の持っていたものを整理したのは1年後のことでした。
母が亡くなって10ヶ月後に先住犬が亡くなりました。
家の中に2つの大きな穴がぽっかりと空いたようでした。
そして、10ヶ月後に5歳の犬を譲渡してもらいました。
ただただ、ぽっかり空いた穴を埋めるためだったかもしれません。
自分も10年生きながらえる保証もないのに、犬を迎える…
それはわがままでしかなかったのか、と今、自分に問うています。

だけど、目の前にいる愛犬の命は最後まで引き受けようと思うからこそ
塾を再興させたいと気持ちが前向きになったのです。
日々の生活の中で、亡くなった母と先住犬を思い出すことが
多くなってきました。
やっとで、気持ちが落ち着いて、その死を迎え入れることが
できるようになったのでしょう。
先住犬とまったく性格の違う、大きさも倍以上ある
言うこときかない今の愛犬。
時々、ため息とともに「お願いだからわかってちょうだい」と
気持ちが萎えることもしばしば。

赤ちゃんの頃に迎えた先住犬は娘みたいな存在でした。
今の犬は大人になってから迎えたので当然といえば当然です。
お互いに気持が通じ合えるようになるには時間がかかります。
愛したいのに、愛せない。

それは犬でも人でも同じことではないか、と思います。
家族でも、他人でも、動物でも、同じ。
いつも一緒にいるから、命を預かったから、責任がある。
だからこそ、葛藤があるのだろうと思っています。
これを乗り越えた時に、本当に
「この子を迎えられて良かったな、ありがとう」
と言えるのかな、とも思います。
そう願いながら、引き受けた命と、最後までともに生き
看取ってやれるまで精進します。
お聞きになりたいことや、塾についてのご質問等ございましたら、
右のオーナーへメッセージ
からお問い合わせください。
数年前、母を在宅介護し始めた時、
塾の生徒さんが少なくなったので机を必要な方に譲りました。
今思えば、介護の疲れは体だけでなく、
精神的な面でも負担が大きかったのでしょう。
今また、塾を広げたいと思ったら机が2台しかないのに気が付きました。

でも、必要ならば、新しい机は買えます。
その時は、捨てることで何かを吹っ切ろうとしていたのでしょう。
もう一度、頑張ろう、という気持ちが湧いてこないほどに、
「死」は看取った人を疲弊させます。
亡くなった母の持っていたものを整理したのは1年後のことでした。
母が亡くなって10ヶ月後に先住犬が亡くなりました。
家の中に2つの大きな穴がぽっかりと空いたようでした。
そして、10ヶ月後に5歳の犬を譲渡してもらいました。
ただただ、ぽっかり空いた穴を埋めるためだったかもしれません。
自分も10年生きながらえる保証もないのに、犬を迎える…
それはわがままでしかなかったのか、と今、自分に問うています。

だけど、目の前にいる愛犬の命は最後まで引き受けようと思うからこそ
塾を再興させたいと気持ちが前向きになったのです。
日々の生活の中で、亡くなった母と先住犬を思い出すことが
多くなってきました。
やっとで、気持ちが落ち着いて、その死を迎え入れることが
できるようになったのでしょう。
先住犬とまったく性格の違う、大きさも倍以上ある
言うこときかない今の愛犬。
時々、ため息とともに「お願いだからわかってちょうだい」と
気持ちが萎えることもしばしば。

赤ちゃんの頃に迎えた先住犬は娘みたいな存在でした。
今の犬は大人になってから迎えたので当然といえば当然です。
お互いに気持が通じ合えるようになるには時間がかかります。
愛したいのに、愛せない。

それは犬でも人でも同じことではないか、と思います。
家族でも、他人でも、動物でも、同じ。
いつも一緒にいるから、命を預かったから、責任がある。
だからこそ、葛藤があるのだろうと思っています。
これを乗り越えた時に、本当に
「この子を迎えられて良かったな、ありがとう」
と言えるのかな、とも思います。
そう願いながら、引き受けた命と、最後までともに生き
看取ってやれるまで精進します。
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