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愛すれば、きっとなにかの形で自分のための何かになる
今回は塾や子どもたちの話はちょっとお休みして
我が家の先住犬と今いる犬について思うことを書きます。
最近になって特に「誰かのために何かをやること」は
「自分のために何かをやること」だと思うようになりました。
「情けは人の為ならず」という言葉があります。
人に対して情けを掛けておけば,巡り巡って
自分に良い報いが返ってくるという意味ですが、
それとは少しニュアンスが違います。
先住犬と、2年前に譲渡して頂いた今の犬の話です。
先住犬の名前ははっぴぃ。

生後2ヶ月で我が家にやってきた小さなシェルティのはっぴぃは
家族みんなに愛され、はっぴぃも家族みんなを愛し、
みんなの気持ちに寄り添って最期まで家族に囲まれて生き抜きました。
我が家にとって、はっぴぃの存在はなくてはならないものでした。
子どもたちが一人ひとり、独立して家を出てしまった後も
ずっと母と私の側にいて、たくさんの愛をくれました。

夜はいつも私の布団の中か上で寝てました。
これが可愛くて、本当に癒やされる毎日でした。
母が亡くなり、はっぴぃが亡くなり、一人になって
しばらくは、胸にぽっかり大きな穴が空いて
悲しいとも虚しいともつかない気持ちで過ごしました。
1年が過ぎた頃、譲渡犬として6歳のシェルティを迎えました。
3回の出産を終えたお母さん引退犬のバーニーは
言葉に出さなくても、言いたいことを理解してくれていた
はっぴぃとは違って、まったく言葉が通じない状態でした。

散歩も途中で立ち止まってテコでも動かず、
「すわれ」も「待て」も何も通じませんでした。
トイレも外でしかしないし、とにかく家族によく吠えます。
散歩の訓練はしっかりされていたようで、
出会う人からは「おとなしい良い子」と言われます。
しつけは諦めようと思いましたが、それでも頑張って
「すわれ」と「まて」だけは、不十分ながらも
オヤツでつれば、何とかできるようになってきました。
トイレはどうしても外でしかしません。
布団で一緒に寝ることもできません。
夜中に何度も起こされるので私がギブアップしました。
今は一階で湯たんぽの上で寝ています。
教えた「芸」や「モッテコイ」やノーリードでの歩行、
全速力で走ること、何でもできたはっぴぃでしたが、
バーニーはそういうことは何もできません。
ドッグランへ行っても、リードがないと動けません。
一緒に楽しめるのは「散歩」だけです。

バーニーをバーニーとして、愛するためには
小さい頃から育てたはっぴぃよりも
もっと沢山の時間を費やさなくてはならないのか…
それとも、何かもっと濃縮できる方法があるのか…
そんな風に考えている時に思い浮かんだのが
「情けは人のためならず」という言葉でした。
はっぴぃのためにしてやったことは
巡り巡って結局は私にもっと大きな愛となって
かえってきて、今、まだ私の中に大きな愛があります。
これから、バーニーにしてやることは、
最後に、巡り巡って、はっぴぃと重なって
もっと大きなものとなって私にかえってくるのだろうか。
損得というようなものではなく、自分自身と向き合って
最終的には自分のためになるのではないか、と思います。
言葉にするのは難しいものです。
You Tubeにはっぴぃの動画をアップすることにしました。
生前のはっぴぃの生き生きとした可愛い動画からは
溢れんばかりのエネルギーと愛がはみ出してこぼれてきます。
バーニーは今、私の側で生きています。
これから、バーニーとの時間をたくさん作って
はっぴぃとは違う個性を愛していきたいと思います。
今日もお読みくださいまして、ありがとうございます。
お聞きになりたいことや、塾についてのご質問等ございましたら、
右のオーナーへメッセージ
からお問い合わせください。
我が家の先住犬と今いる犬について思うことを書きます。
最近になって特に「誰かのために何かをやること」は
「自分のために何かをやること」だと思うようになりました。
「情けは人の為ならず」という言葉があります。
人に対して情けを掛けておけば,巡り巡って
自分に良い報いが返ってくるという意味ですが、
それとは少しニュアンスが違います。
先住犬と、2年前に譲渡して頂いた今の犬の話です。
先住犬の名前ははっぴぃ。

生後2ヶ月で我が家にやってきた小さなシェルティのはっぴぃは
家族みんなに愛され、はっぴぃも家族みんなを愛し、
みんなの気持ちに寄り添って最期まで家族に囲まれて生き抜きました。
我が家にとって、はっぴぃの存在はなくてはならないものでした。
子どもたちが一人ひとり、独立して家を出てしまった後も
ずっと母と私の側にいて、たくさんの愛をくれました。

夜はいつも私の布団の中か上で寝てました。
これが可愛くて、本当に癒やされる毎日でした。
母が亡くなり、はっぴぃが亡くなり、一人になって
しばらくは、胸にぽっかり大きな穴が空いて
悲しいとも虚しいともつかない気持ちで過ごしました。
1年が過ぎた頃、譲渡犬として6歳のシェルティを迎えました。
3回の出産を終えたお母さん引退犬のバーニーは
言葉に出さなくても、言いたいことを理解してくれていた
はっぴぃとは違って、まったく言葉が通じない状態でした。

散歩も途中で立ち止まってテコでも動かず、
「すわれ」も「待て」も何も通じませんでした。
トイレも外でしかしないし、とにかく家族によく吠えます。
散歩の訓練はしっかりされていたようで、
出会う人からは「おとなしい良い子」と言われます。
しつけは諦めようと思いましたが、それでも頑張って
「すわれ」と「まて」だけは、不十分ながらも
オヤツでつれば、何とかできるようになってきました。
トイレはどうしても外でしかしません。
布団で一緒に寝ることもできません。
夜中に何度も起こされるので私がギブアップしました。
今は一階で湯たんぽの上で寝ています。
教えた「芸」や「モッテコイ」やノーリードでの歩行、
全速力で走ること、何でもできたはっぴぃでしたが、
バーニーはそういうことは何もできません。
ドッグランへ行っても、リードがないと動けません。
一緒に楽しめるのは「散歩」だけです。

バーニーをバーニーとして、愛するためには
小さい頃から育てたはっぴぃよりも
もっと沢山の時間を費やさなくてはならないのか…
それとも、何かもっと濃縮できる方法があるのか…
そんな風に考えている時に思い浮かんだのが
「情けは人のためならず」という言葉でした。
はっぴぃのためにしてやったことは
巡り巡って結局は私にもっと大きな愛となって
かえってきて、今、まだ私の中に大きな愛があります。
これから、バーニーにしてやることは、
最後に、巡り巡って、はっぴぃと重なって
もっと大きなものとなって私にかえってくるのだろうか。
損得というようなものではなく、自分自身と向き合って
最終的には自分のためになるのではないか、と思います。
言葉にするのは難しいものです。
You Tubeにはっぴぃの動画をアップすることにしました。
生前のはっぴぃの生き生きとした可愛い動画からは
溢れんばかりのエネルギーと愛がはみ出してこぼれてきます。
バーニーは今、私の側で生きています。
これから、バーニーとの時間をたくさん作って
はっぴぃとは違う個性を愛していきたいと思います。
今日もお読みくださいまして、ありがとうございます。
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